「正社員へのこだわり」は古いのか?賞与・退職金データから見る非正規雇用のリアルな限界
日本の労働市場において、「正社員(正規雇用)」という働き方にこだわるべきかどうかという議論は絶えません。「これからは多様な働き方の時代」「個人のスキルで自由に生きるべき」といった前向きな言葉があふれる一方で、現場ではいまだに「週5日フルタイムの非正規雇用」として過酷な労働を続ける人々が数多く存在します。
特に、就職氷河期世代や、リーマンショック直後に社会に出た「第二氷河期世代(リーマンショック世代)」、そして女性などの就職困難者にとって、この問題は将来の生存に直結する死活問題です。
本記事では、厚生労働省などの公的統計から導き出される「賞与(ボーナス)」と「退職金」の受取見込みデータをもとに、客観的な視点から「正社員へのこだわり」の正体を解き明かします。
【データで見る】雇用形態がもたらす圧倒的な「生涯格差」
まず、日本の全労働者における賞与と退職金のカバー率(制度のある環境で働いている人の割合)を見てみます。全体平均では、賞与が約85%〜90%、退職金が約80%〜85%となっており、日本型雇用においてこれらは「大半の人が受け取れるもの」として機能してきました。
しかし、これを「性別」や「世代」で分解すると、衝撃的な構造格差が浮かび上がります。
労働者グループ別の賞与・退職金の受取見込み割合(推計)
| 労働者グループ(雇用者数に対する割合) | 賞与(ボーナス)の受取見込み | 退職金の受取見込み |
| ① 氷河期を除く男性 | 約 85% 〜 90% | 約 70% 〜 75% |
| ② 氷河期世代全体 | 約 75% 〜 80% | 約 60% 〜 65% |
| ③ 女性労働者全体 | 約 60% 〜 65% | 約 40% 〜 45% |
| ④ 氷河期世代の女性 | 約 55% 〜 60% | 約 30% 〜 35% |
(※総務省「労働力調査」、厚生労働省「就労条件総合調査」「毎月勤労統計調査」等のデータを基に推計)
もっとも待遇が手厚い「氷河期を除く男性」と比較して、もっとも深刻なしわ寄せを受けているのが「氷河期世代の女性」です。賞与を受け取れる見込みは6割弱にとどまり、退職金に至っては「3人に1人(約30%〜35%)」しか受け取れないという予測になります。
なぜ「正社員」にこだわらざるを得ないのか
昨今、大企業を中心に「退職金や賞与を廃止し、そのぶんを毎月の基本給に上乗せする(前払い・成果主義シフト)」というニュース(※1)が話題となっています。企業側は「これからは自己責任で、新NISAやiDeCoなどを活用して老後資金を運用する時代だ」と謳います。
しかし、この論理は「現役時代に十分な原資をもらえる正社員」にしか通用しません。
「週5フルタイム非正規」が抜け出せない三重苦
現場の実例として、週5日フルタイムのアルバイトやパートとして、正社員と変わらない責任や時間で働いている第二氷河期世代や女性は少なくありません。直面しているのは、以下のような構造的な壁です。
- 原資の不在(賞与なし): 毎月の生活費を回すだけで手一杯であり、資産運用に回す貯蓄の余力が生まれない。
- まとまった老後資金の喪失(退職金なし): 将来、まとまった退職金が出ないことがほぼ確定しているため、老後のセーフティネットが存在しない。
- 時間と体力の搾取: 日々の労働で心身ともに疲弊し、新しいスキルを学ぶ時間的・精神的な「認知の余力」が奪われている。
「正社員にこだわらなくていい」という言説は、すでに一定の環境や選択肢を持っている層の理論であり、セーフティネットのない現場で明日の生活のために踏ん張っている就職困難者にとっては、正社員という「防壁」にこだわらざるを得ないのが日本の労働構造の現実です。
デジタル格差(デジタル・ディバイド)がもたらす孤立
第二氷河期世代(リーマンショック世代)は、年齢的にはまだ働き盛りであり、ネットやスマホの普及とともに生きてきた世代です。世間では「Webスキルを身につけて副業をすれば挽回できる」「IT業界へキャリアチェンジすればいい」と簡単に言われます。
しかし、ここにもう一つの見えない壁があります。それがデジタル格差(デジタル・ディバイド)です。
ネット環境を十分に整えられず、パソコンを使いこなす機会を奪われてきた生活困窮層にとって、世に溢れる「Webでの挽回ルート」は完全に遮断されています。ハローワークの端末や無料の求人誌、あるいは通信制限のかかったスマホだけで探せる職種は、どうしても低賃金の有期雇用や、慢性的な人手不足の現場作業に偏りがちです。
現代の採用市場が「すべての求職者が当然のようにデジタルを使いこなせる」という前提で動きすぎていることが、取り残された人々をさらに孤立させる原因となっています。
必要とされるのは「自己責任論」ではなく「構造の変革」
「正社員になれないのは本人の努力不足」という自己責任論は、当時の社会構造(超就職難や採用枠の極端な制限)を無視したダブルスタンダードです。個人がどれだけ必死に週5日フルタイムで働いても、雇用形態という記号一つで賞与や退職金が排除される仕組みそのものに歪みがあります。
この状況から労働者が守られるためには、個人の奮起を促すのではなく、以下のような公的・社会的なアプローチが不可欠です。
- 負担のない公的支援(学び直しのセーフティネット):国の「求職者支援制度」のように、生活費(月10万円の給付金など)を受け取りながら、自己負担なしでパソコン操作や資格取得の訓練が受けられる制度(※2)を、より使いやすく、必要な層へ確実に届けること。
- 現場労働(エッセンシャルワーク)の処遇改善:ITやデジタルへの移行を強制するのではなく、現在フルタイムで社会を支えている物流、製造、介護、サービスなどの現場において、「同一労働同一賃金」の原則に基づいた賞与・退職金制度の本格的な適用、あるいは正社員登用を企業側に義務づけていくこと。
「正社員へのこだわり」は、古い価値観への執着などではなく、社会的な格差と将来の不安から自らの身を守るための、きわめて合理的で切実な防衛策なのです。ですが、その安心安全神話は壊れ始めています。
出典・根拠データ
- ※1:ABEMA Prime / チバテレ+プラス(2026年5月16日配信「退職金廃止→給与上乗せが新常識?」等に基づく動向)
- ※2:厚生労働省「求職者支援制度(職業訓練受講給付金)」概要より