就職活動

【福利厚生の消滅】会社が「人を大切にすること」を放棄した?見えないコストが個人に転嫁される構造

Akatsuki

「住宅手当の支給条件がどんどん厳しくなっている」
「在宅勤務の電気代や、仕事で使うスマホの通信費が自己負担になっている」

日々の仕事の中で、このようなモヤモヤや違和感を抱いたことはないでしょうか。

現在の労働環境は、労働基準法などの法制度によって一定の保護を受けているように見えます。しかし実態は、企業が労働者を大切に支える仕組みを次々と手放し、必要なコストを個人のポケットに肩代わりさせる構造が定着しています。

バブル期に存在した豪華な保養所や手厚い社宅は、なぜ姿を消したのでしょうか。そして、なぜ現代の働く人はこれほど多くの「見えない自己負担」を強いられているのでしょうか。その背景にある社会構造の変化と法改正の歴史を紐解きます。

バブル崩壊と「固定資産の減損に係る会計基準」がもたらしたハコモノの終焉

バブル崩壊前、多くの日本企業は豪華な保養所を所有し、節税や財テクとして高額な絵画や芸術品を購入していました。これらが一斉に姿を消した背景には、2005年4月から強制適用となった「固定資産の減損に係る会計基準(いわゆる減損会計)」の導入があります。

当時の会計ルール(取得原価主義)では、どれだけ美術品や不動産の価値が暴落しても、売却しない限り帳簿上の価値は変わりませんでした。しかし、この新しい会計基準の導入により、市場価値が著しく低下した資産は、その含み損を強制的に業績(損失)として計上する義務が生じました。

持っているだけで巨額の赤字リスクを抱えることになった企業は、美術品や保養所を一斉に手放しました。さらに、企業の評価軸が「どれだけ少ない資産で効率よく稼いだか」という総資産利益率(ROA)を重視する方向へ変わったことも、不動産の売却を後押ししました。

社宅の消滅と住宅手当の厳格化

この「資産を抱えない経営」の流れは、労働者の生活基盤であった「社宅」や「独身寮」の解体へと繋がります。

企業は自社保有の社宅を売却し、必要なときだけ民間賃貸を契約する「借り上げ社宅」へと切り替えました。不況時にはいつでも解約できる「変動費」にすることで、企業側の不動産リスクを回避するためです。

同時に、住宅手当の縮小や条件の厳格化も進んでいます。厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、基本給や賞与以外の属人的な諸手当は見直しの対象になりやすい傾向にあります。企業側は「実家暮らしの人との不公平感を解消する」「成果主義へ移行する」といった大義名分を掲げますが、実際には総人件費を抑えるためのコストカットとして機能しているケースが目立ちます。

通信費や家庭内インフラへの「ただ乗り」

さらに現代特有の現象として、通信費や家庭内インフラの自己負担という、新しい形のコスト転嫁が発生しています。

本来、労働基準法第89条第5号では、労働者に食費や作業用品などの負担をさせる場合、就業規則に規定する義務があると定められています。業務に必要な道具や環境は、会社が負担するのが原則です。

しかし、テレワークの普及に伴い、以下のような「ただ乗り」の構造が一般化しました。

  • 個人のスマートフォンや自宅のWi-Fiを業務に利用させる(定額制プランだから個人の出費は増えないという論理)
  • 出社日数の減少に合わせて定期代を実費精算に変え、オフィスの電気代や冷暖房費を削減する
  • 削減されたオフィスの操業コストが、労働者個人の自宅の電気代やスペース(家賃)という形で生活費に寄生する

毎月の通信手当が出ない、あるいは数百円程度の補填にとどまる場合、労働者は自腹を切って仕事のインフラを調達していることになります。

人材育成の放棄と「資格取得」の外部化

コストの転嫁は、インフラだけでなく「能力開発」の分野にも及んでいます。 最近の求人市場では、新卒や未経験に近い段階から、すでに実務に役立つ資格の所有を求めるケースが増えました。

業務に必須の資格であっても、その学習時間は「自己啓発」や「プライベートの時間」とされ、労働時間として認められないことが大半です。会社側のルールによって、資格支援制度が「年に1つだけ」と厳格に制限されている実例もあります。

企業が過度に学習を強制すると、労働基準法上の「労働時間」とみなされて残業代の支払い義務が生じるため、あえて「個人の自発的な努力」という体裁を取り繕う防衛策でもあります。これは、企業が自らの責任であるはずの「人材育成コスト」を完全に外部化し、労働者の身銭に依存している実態を表しています。

自己責任論というダブルスタンダード

こうした福利厚生の縮小や見えない自己負担の増大は、働く人の「生きづらさ」と直結しています。

かつてバブル期以前に社会に出た中高年世代は、格安の社宅や独身寮、手厚い住宅手当、 Landそして業務時間内に行われる手厚い職場内訓練(OJT)という、強力な現物支給のセーフティネットに守られていました。低い初任給であっても、生活インフラを会社が負担してくれたからこそ、若い世代でも貯蓄を増やし、マイホームを持つ資産形成が可能でした。

しかし、社会構造の変化や国際会計基準への適応を理由に、それらのインフラは解体されました。現在の若年層や第二氷河期世代は、可処分所得の多くを民間の高い家賃や通信費、資格取得の費用に費やすことを余儀なくされています。

それにもかかわらず、上の世代や社会は「今の若者は貯金がない」「家や車を買わないのは努力が足りない」と、個人の意識の問題にすり替える「自己責任論」を押し付けます。これは明確なダブルスタンダードです。

現代の働く人が直面している過酷さは、本人の甘えではありません。企業が「社員を大切に育てること」を放棄し、財務諸表を綺麗にするためにコストを個人へ押し付けてきた、社会構造の歪みが原因であると言えます。

【出典】

  • 厚生労働省「就労条件総合調査」
    企業会計基準委員会「固定資産の減損に係る会計基準」
    e-Gov法令検索「労働基準法」
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